粉砂糖の日

どこにでもいるような女

些細な悲しみと嬉しみ

お金が無いのは特別悲しくなかったけど、友達に思ったような誕生日プレゼントがあげられないのは、すこし悲しいなと思った。でも、人にあげるもののために自分のカフェ時間を削れるほどまだ私は優しくなれない。

人と対面で雑談するとき、自分のことをしゃべりすぎないほうがいいと思ってる。それで何回も失敗をしている。まだ失敗し続けている。しゃべるとあとで後悔することの方が多い。観た映画の話や、最近すきなお店の話、おいしかったご飯の話、それくらいでほんとはいいのに。好きな友達とは嘘なんてつかずに繋がっていたくて、烏滸がましくも自分を理解して欲しいと思ってしまう。久しぶりに会う人、あるいは初めての人とは特に。あとで自省する時間が増えるだけだ。

私は沢山の本を置いて実家を出てしまったのだけど、このまえお姉ちゃんとお母さんが「えぬちゃんの本棚はなかなかいいセレクトだね」って言ってくれたのがとってもうれしかった。好きで集めていたものや、やっていたことがたまたま役に立った時、私はとても嬉しくてにんまりしてしまう

理不尽な意地悪をされたとき、それが遥かに年上の方だったとき。たぶん若いころ自分がなれなかった(なりたかった)像に私が近いところがあるから意地悪してるんだと思うようにしたい。腸がにえくりかえりそうになっても、煽るようなことせずに静かに(あなたは、こうなりたかったのかな)って思って優しくなりたい。理想の話です。だいたいは即むきーってなって帰って泣いてます。